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産院の朝食

産院の朝食。
まるでホテルのような病院で朝食はブッフェ式。これは主人の膳。
毎日、母乳に悪そうなフランス料理のフルコースなどの贅沢三昧でした^^;。
おかげで入院中に太ってしまい、出産したのに体重はほとんど落ちなかった。。。涙。


忘れないうちに出産の記録を残しておこうと思います。

     +++

息子は予定日より1週間遅れの計画分娩での出産。

予定日の2週間前で2600グラムを超えており、
早く生まれてきてくれるかも?と期待していたのですが、
一向に降りてくる気配がなく。。。

一生懸命歩いたり、スクワットしたりしましたが、
全く効果無し。
毎日1時間半の散歩と30回のスクワット。
今思えば、あの大きなお腹でよくやったと思います…。
オロナミンcを飲むと良いという、都市伝説的なものも試しました 笑。


予定日時点で、3400グラム超え。
一週間を過ぎ、計画出産での分娩となりました。

いつ生まれるかと待っている期間、ヤキモキして辛かったので、
「計画出産になります」と言われた時点で、
ようやく息子に会える日がくるとホッとしたのを覚えています。

分娩前日の14時に入院。
夕方バルーンを入れ、子宮口を開き分娩に備えました。
元々、少し開いてきていたので1㎝ほど広がった程度で、
3㎝ぐらいだったのかな?

分娩当日。快晴の冬空。
病室の窓から見る朝陽に照らされた野原がとても綺麗で。
息子に会える嬉しさで、朝焼けを見ながらポロポロ泣いていたなー。
この後の激痛をまだ分かっていなかったので、この時はノンキだった^^;。

朝8時。
分娩室へ移動し、陣痛促進剤の点滴開始。
立ち会いの主人も到着。
痛みはたいしたことなく、主人と呑気に会話してました。

本格的な陣痛が始まった時間は不明ですが、
たぶん10時ぐらいからだったんじゃないかと。

昼ごはんのオニギリも痛みで食べられず、主人に食べてもらいました。
昼過ぎには痛みが本格化。
腰がくだけるかと思う激痛(@@)。

この時点で子宮口の開きは5センチほど。
四つん這いになると良いと言われ、
2〜3時間ほど頑張りましたが、息子が全く下に降りてきてくれず。。。

付き添ってくれていた主人は、
横でずっと腰を押したり、一緒に呼吸してくれたり。
一生懸命、応援してくれる気持ちが痛いほど伝わってきて、
とても嬉しかったです。

が、、、とにかく陣痛が痛くて死にそうだった(@@)。

3時頃、様子を見に来たお医者さんと助産師さんに、
体力的なことを考えて、無痛分娩への切り替えを提案され、
「腰がくだけて死ぬ!!」と思っていた私は一もにもなく同意。。。

痛すぎて同意書類に目を通すこともできなかったので、
リスク等について主人に読んでもらい、震える文字でサインしました。
陣痛の痛みで正直サインどころじゃなかった。お医者さんって過酷 涙。

そこからの助産師さん達の動きが早かった。
すごいスピードで、麻酔の準備が整えられ、合間に痛み逃しをしてくれ、
あれよあれよと言う間に、痛みが楽に。

サインしてから30分後には、麻酔が効いて楽な状態になってました。

痛みが消えて緊張が解けたせいか、
子宮口が一気に8センチほどに。

主人と助産師さん達の動きの凄さを
「まるでドラマのコウノドリみたいだねー。すごいねー。」と
再び呑気に会話しながら、息子が降りてきてくれるのを待つこと数時間。

不思議なもので陣痛の感覚はお腹上部にしっかりあるのですが、
下半身へいくと消えるのです。
(陣痛はお腹の上から下へと移動するとの事。)

午後6時頃。
子宮口もほぼほぼ開いたので、
陣痛がくるのに合わせ、いきむものの息子はやっぱり降りてきてくれず。
麻酔が少し効き過ぎていて、いきむ力が足りなかったのもあると思います。

産道に肉がほとんどついていなかった為、
たぶん切開せずに産ませてくれようと、助産師さんが必死で、
「こっちだよー、こっちに出ておいてー」と息子を誘導してくれていましたが、
午後7時にお医者さんの「切って押しましょう」の一言で、
あえなく切開することに 涙。

切開が嫌で安定期以降、お散歩1時間を頑張ったのでちょっと悲しかった。。
が、産後の今思うと、体力強化しておいて良かったと思います。
子育ては体力勝負。退院後、一気に10㎏近く体重減^^;。


吸引もするという話でしたが、補助的に使われたのかな?
記録を見ると普通分娩となっていました。
陣痛に合わせ、お腹をグイッと押されると、
息子が「ふんぎゃーっ。」と可愛く泣いて誕生。

生まれる瞬間をガン見(無痛なのですごく冷静に見てられました)していた私。
真っ赤になってふにゃふにゃ泣く息子に思わず手を伸ばして、
頬をさわり、「ごめんね」と語りかけていました。

同じ場所(産道)に3、4時間いさせていたので、
きっと苦しかっただろうと思うと申し訳なくて。

同時に、やっと会えた嬉しさで涙もポロポロ。
頭側で見守っていた主人も同じように涙。
あの感動を思い出すと、息子がどれだけギャン泣きしていても、
愛しく思える^^。


生まれた時間は19:22。12月22日生まれの息子。
12月生まれの主人に、22日生まれの私。
どんだけ2という数字に縁があるんだ!
と、生まれた時間を聞いて驚愕しました。
後で聞いたら、主人も同じように驚いていたらしい。
2という数字はこれから大事にしよう^^。

かれこれ10時間近くかかった分娩。

「切って産んでしまいましょう」というお医者さんの判断が正しかったのか、
産後、血が止まらず血圧が安定しなかった為、
そのまま分娩室で一夜を明かすことに。

晩御飯を食べる気力もなく、
点滴で体力補充。

主人は心配そうにしながら夜の9時に帰宅。
ずっと付き添ってくれていた主人に感謝です。
一人だときっと心細かっただろうと思います。

翌朝、ヨレヨレの状態で病室へ移動。
朝9時に心配した主人がきてくれて、
二人でベビールームへ息子を見に行きました。

で、見た感想。
「息子、デカッ‼︎‼︎‼︎」です。

明らかに回りの赤ちゃんと比べて丸々していて大きい(@@)。
こりゃ(大きすぎて)降りて来にくいヨ、
と、主人共々納得したのでありましたw。
頭のサイズも大きくて骨盤ギリギリだったそう 汗。

いや、もうとにかく出産は辛くてしんどかったです。。。
2度と味わいたくない!と直後には思ってたけど、
息子を見ると可愛くて、
翌日には、もう1人欲しいなーという思いも。

ですが、昼夜を問わず乳を求められる新生児期の苦しさに、
「やっぱり1人しか体力的に無理!」と再び思ってたり。

退院後の2週間は、切った傷も痛いし、息子への対応も分からないしで、
体力的にも精神的にもきつかった。
円座クッションを考えた人に感謝です 笑。
あれが無いと痛みで座れなかった。。。

高齢出産だったので、諸々不安な要素があったのですが、
幸い、妊娠中も出産もそこそこ順調で、
産後の今も元気なことに、ホッとしています。

支えてくれた主人、周囲の人々に感謝です^^。
そして元気に生まれてきてくれた息子に、
心からの「ありがとう」を。

しかし、陣痛痛かった(TT)。普通分娩で産む人を尊敬。。。

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2016.02.03 / Top↑
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